跳ね上がった心で気付いた

いつだってそうだった。

ピンチの時に助けてくれるのは、皆のヒーローだった。

 

 

 

 

 

 

「い、や…!やめて!」

「んー?無理。」

 

にっこりと笑う目の前の男。

洗濯物を干していたら、不意に屋根の上に現われた人影。

誰、と聞く前にその人影は目の前に降ってきて、縁側に押し倒された。

掴まれた両腕は床板に貼り付けられたまま、いくら力を入れたってびくともしない。

それどころか、このまま骨まで折られてしまうのではないかと思うくらいだった。

なのにこの男は顔色一つ変えずにいる。

こんな力、どうとでもないと言うように。

 

「お姉さんすごく強いんだってね。街中の評判だったよ。」

「そんなことないわ。今だってあなたを突き飛ばすことすらできないでいるじゃない。」

「うーんそれはしょうがないんだ。だって俺より腕っ節の強い奴なんてどこにもいないもん。」

「手、離してくださらない?」

「大丈夫だよ。お姉さんのことは殺そうだなんて思ってないから。このまま俺と一緒に旅をしようよ。宇宙中を。」

「お断りします。私には守るべきものがありますから。」

 

目の前の男の影は誰かと重なる。

それが誰かなんて、こんな危機的な状況で冷静に判断なんてできないけれど、この夕焼け色の髪の毛。

誰と一緒なんだっけ?

そんな風に考えては見るものの、すぐに打ち消した。

こんな危ない空気を持つ知り合いなんていない。

人の命を何とも思わないような血の通わない笑顔。

その笑顔が徐々に近づいてくる。

首を必死に動かして、それに抗おうとする。

 

「無駄な抵抗はやめなよ。」

「それ以上近づかないで!」

「あ、お姉さん好きな人いるの?あれかな?あのお侍のお兄さんかな?」

 

侍?

誰のことを言っているのだろうと思った。

確かに私の恋人は刀を携えているけれど、侍と称していいのか甚だ疑問だった。

むしろ「侍」という言葉がぴったりなのは…。

 

「おーいお妙ー。当分補給させて…」

「あ、見つかっちゃった。」

「銀さん!来ないで!!早く逃げて!!」

「お、前!!!何やってんだァァァァ!!!!!」

 

銀さんが木刀を抜いた瞬間、腕に掛かっていた重さがなくなった。

男は笑顔を崩さないまま屋根の上に飛び乗った。

 

「本当は今すぐにでもお兄さんを殺したいんだけど、今日はやめておくよ。お兄さんの血はおいしそうだから、俺の体がもっと乾いている時に頂きにくるね。このお姉さんがいれば、さらに美味しく味わえるってことを知れただけでも今日は大収穫。じゃあねお2人さん。」

「待てコラァァァァ!!!」

 

ぎゅ。

すごく心細くて。

今すぐにでも男を追いかけていきそうな銀さんの袖をつかんだ。

こんな状況で、一人取り残されるなんて耐えられなかった。

だって、この腕に残る痣が証明している。

初めて命の危機を感じた。

こんな恐怖を味わったのは初めてだった。

 

「お、妙?」

「銀さん…」

「もう大丈夫だから。」

 

不意に流れてきた涙。

『強い女』だなんて聞いて呆れる。

情けない。

こんなことくらいで震えが止まらないだなんて。

そんな私を包んだのは、他でもないこの甘い匂い、温かさ。

糖分不足だなんて嘘じゃないかと思うくらい、毎日甘い匂いを漂わせる一人の侍。

 

「ご、めんなさ、い…。少しの間だけこうさせてください。」

「あぁ。お妙が落ち着くまで、ずっと居るから。ごめんな、怖い思いさせて。もっと俺が早く来てれば…」

「ふふ、おかしな銀さん。銀さんが謝ることなんて一つもないのに。」

 

この甘い温かさが何故か私を安心させた。

普段はだらしないくせに何故か皆から慕われ、頼られる人。

信じられないくらい強くて、信じられないくらい甘いもの好き。

そういえば、こんなに近くで銀さんの温もりを感じるのなんて初めてなんだ。

そう思うと何故だか恥ずかしくなって、今はいないあの人への罪悪感を感じて。

 

「すいません銀さん。なんだか甘えてしまって。もう大丈…」

 

離れようとしたけど、私の頭と背中にまわされた腕の力は一向に緩むことはなかった。

 

「銀さん?」

 

少し顔を動かして銀さんの顔を見た。

すると目が合った。

嗚呼。

普段は死んだ魚の目なんて揶揄されるけど、本来はこんなに綺麗な眼をしてるのね。

そんなことを考えていたら、銀さんの腕の力は徐々に緩み、私の顔の前に銀さんの顔が近付いてきた。

さっきの男と同じような状況なのに、何故か先程感じた嫌悪感は全くなかった。

だから抵抗するのを忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪ィ。忘れてくれて構わないから。」

 

私は離れていく銀さんの後姿を、ただ呆然と眺めていた。

そしてふと頬に手をやる。

顔が熱を持っていた。

大変だ。

心臓が高鳴っている。

違うわ、これは吊り橋効果よ!

そう言い聞かせているのに、何故か私の心は言うことを聞いてくれなかった。

銀さんにときめくなんてありえないのに。

 

跳ね上がった心で気付いた

煙草味以外のキスなんて初めてだった。

甘いキスが麻薬のように私の心を蝕んでいく。

 

 

神威さん登場です。

神威さんでも高杉さんでも良かったのですが、最近はやっぱり神威です。

きっと原作で高杉さんが出てくればスイッチ入っちゃうと思うんですけど^^

徐々に動いていくお妙さんの心。