お酒はハタチから

「それでは、いただきます。」

 

にこっと微笑んだのはスナックすまいるでナンバーワンを誇る志村妙。

「江戸一番」とも言われるその美貌に虜になる男は多い。

そのナンバーワンが今、隣に座っている客はいわゆるVIPと言われる上客。

ナンバーワン、ましてやこの志村妙に酒をどんどん飲ませる程、この客は度胸が据わっていてタチが悪いのだ。

 

「ちょっとお妙…飲み過ぎじゃ…」

「お?じゃあ次はおりょうちゃんが飲んでくれるかな?」

「いえ、私が最後まで付き合わせていただきます。おりょう、あちらのお客さまが呼んでいるわよ?」

「お妙…」

 

この客、仕事はあまり公にはできない職種であり、そのトップを務めているためお金は有り余るほどあった。

そのお金に物言わせ無遠慮な態度をとることも多く、又男の柄の悪さもあり、上客でありながら女の子たちからは毛嫌いされていた。

その客は勿論ナンバーワンの妙を指名し、他にも何人か女の子がヘルプについた。

今日はそのヘルプについた女の子のうちの一人がその客に目をつけられたのだった。

 

『ちょっと…やめてください!』

 

最初のうちは男が女の子の脚を撫でまわしていたのだが、徐々にその手がお尻にまわっていった。

そこで黙っていないのが用心棒…もとい用心穴でもあり、その客から本指名をもらっているお妙だった。

 

『お客様、ここはお触り禁止です。これ以上ルールを破るようなら出て行って頂きます。』

 

そこで始まったのが今目の前で繰り広げられてる飲み比べだった。

男が負けたら今後一切女の子の嫌がることはしないこと、もし妙が負けたら男の言うことを何でも聞く、と。

 

「あらお客様?もう目が据わってますよ?降参ですか?」

「ふん…まだまだ。お妙ちゃんこそ顔が火照ってきてるぞ?」

「まだ大丈夫ですよ?じゃあもう一杯頂きますね。」

「よし…俺も…」

 

そこで倒れたのは…勿論男の方だった。

一緒に来ていたその男の部下達が男を抱え、会計を済ませた。

会計が終わり、お客様を見送るまでがキャバ嬢の仕事。

といっても倒れた男はもう運び出されていた。

今会計を済ませたのはその男の最も近しい存在の部下であろう。

硬派でまじめそうな男であった。

 

「今日は大変ご迷惑をおかけいたしました。」

「今日『は』じゃなくて今日『も』でしょ?」

「はは…返す言葉もございません。」

「じゃあお見送りいたします。忘れ物はございませんか?」

「いえ、見送りは大丈夫です。お妙さんも少し休憩された方がいい。うちのトップも酒に弱いわけじゃないからな。あんなに飲んだらこの後仕事にならないだろうに。」

「私には私のプライドがありますから。すまいるを守るためならなんでもします。見送るのも私の仕事。誠意をもってお送りさせていただきます。」

「そうですか。それではお願いします。」

 

***

 

その頃すまいるの前でうろうろと行ったり来たりする男の影が一つ。

 

「どうするかなァ…金は多少あるんだけどな。でもドンのペリとか頼めないしなァ。でも最近全然来てねえしな…。」

 

本日の仕事で手に入ったお金。

新八にも神楽にも少しずつ分けてやった。

これは自分への褒美だ。

いや…でも俺ら付き合ってんだし、わざわざ仕事場に行かなくてもどこかデートに連れていってやった方が彼女は喜ぶかもしれない。

 

「よし!今日は帰る。俺は帰るぞ!」

 

と銀色の髪をなびかせて決心した時だった。

すまいるの出入り口から出てくる男女二人の姿。

 

「じゃあまた来ます。今度は…お妙さんに会いに俺一人で来てもいいですか?」

「うふ、嬉しい。えぇ勿論結構ですよ。心からお待ちしております。」

「じゃあこれ、俺の連絡先。今までずっと気になってたけど、今日の潔さには惚れたよ。飲み比べに負けたらどうするつもりだったんだ?」

「あらやだ。私が負けるわけないじゃないですか。ふふふ。」

「参った参った。じゃあ今度は俺と飲み比べしてくれ。俺が勝ったらお妙さんを持ち帰らせてもらうよ。」

「分かりました。じゃあ私が勝ったら飲み代の倍額払ってくださいね。それでは、またのご来店お待ちしております。」

「じゃあな。」

 

そしてその上客の部下の男はすまいる前に横付けされた車に乗り込んだ。

 

「ちっ…嫌なもん見ちまった。」

 

舌打ちしたのは、今すまいるの前で客の見送りをしているキャバ嬢の恋人、坂田銀時であった。

 

「ふぅ…さすがに疲れたわね。」

 

妙はひとりごちて店に戻ろうとした時だった。

足がもつれ、倒れそうになった。

 

「おい、お前もう帰ったら?」

 

そう言いながら彼女を支えた太い腕。

 

「え?銀さん?」

「なに?飲み比べしてたんだって?大丈夫かよ。」

「大したことないですよ。それよりびっくりしたわ。どうしたんですか?」

「いや…仕事の帰り。でもお前…今日は帰してもらったら?もうへばってんじゃん。」

「でもまだ大丈夫。あと3時間は働かなきゃ。今日は?飲みに来たんですか?」

「いやたまたま通りかかっただけ。そんな金ねえし。」

「そうですか。ちょっと寄って行きませんか?というよりちょっと中まで肩貸してください。」

 

そう言って無理矢理連れ込まれたキャバクラの店内、VIPルーム。

先ほどまで妙が飲み比べをしていたという席に妙を座らせた。

テーブルの上にはまだまだたくさん乗っているフルーツ盛りと酒のつまみ。

そして空の酒瓶。

 

「は…何これ…」

「え?飲み比べの功績です。」

「ドンペリのプラチナで飲み比べ…なんて贅沢な…」

 

1本80万の酒が5本空になっている。

 

「2人で5本ねぇ…」

「銀さんなら1本で倒れちゃいますね。」

 

そう言って俺の肩に凭れかかりながら話し始める妙。

ちょっとどきっとしたなんて、そんなことないからな!

 

「俺だって飲む時は飲みますー。」

「どうだか。でも飲み比べならもっと早く決着がつくお酒にすればよかったわ。プラチナは度数が比較的低いからたくさん飲まされちゃった。」

「まあウィスキーとかのが強いけどな、売り上げは良かったんじゃないの?」

「そうなんです。だって私ドンペリ好きじゃないですか。だからプラチナでやったんだドン。」

「いやいや、語尾をドンペリにしたって俺には無駄だからね?頼まないからね?金ないから。」

 

そう言いながら目の前のフルーツをつまみ食いした。

そんな時だった。

店長がやってきた。

 

「お、銀さん。お妙ちゃん送ってきてくれたんだって?悪いんだけど今日はそのまま家まで送ってあげてくれる?売り上げはもう1週間分くらい稼いじゃったし、お妙ちゃんもその調子じゃ店に出れないだろうしね。」

「おー分かった。おい、お妙…」

「寝てるね。タクシー呼ぼうか?」

「あーいいや。そんな無駄金使うんなら俺のツケ払っといてよ。こいつはおぶってくわ。」

「やるねー旦那!」

「うっせーなじじい!」

 

さっきまで俺と喋っていた妙は、店長が来たかと思うと寝てしまっていた。

俺はフルーツとつまみを一通り食べ、妙を背負い立ち上がった。

 

 

***

 

 

「…ん?」

「お?気づいたか。寒くねえか?大丈夫?」

「あら?仕事は…」

「あぁ、今日はだいぶ稼いでくれたからもう帰っていいとよ。お前寝ちゃったしな。」

「あ、そう…。じゃあお店からずっと背負ってくれているんですか?」

「そうですー。でもあれだな。背中に微かに当たる柔らかさが何とも言えn…」

「あらやだ、そんないやらしいこと考えていたんですか?怒りますよ?」

「いってー!!もう怒ってるじゃねーか!!拳はやめてくれない!?頭に直撃したよ?脳震盪で倒れちゃうよ?」

「でも…暖かいです。家までこのままでいいですか?」

「お…おう。…その、さ。」

「なんですか?」

「俺、お前の仕事の日は迎えに行こうかな…なんて。」

「え?」

「いや、だからさ。今日みたいなことがあったら困るしさ。」

「本当ですか?」

「おう…。…どう?」

「うふふ。嬉しいです。これから毎日デートですね。」

「デートって、おま…」

「手、つなぎましょうね?あ、でもバイクで迎えに来てくれてもいいかも。たまには寄り道なんかして。」

「はー…。はいはい。」

 

急に可愛いことを言いだすから困る。

こういうところは年相応だ。

 

「あ、今子どもっぽいこと言って、なんて馬鹿にした溜息吐きましたね!」

「は?違うから。ちょ、背中で暴れんなって!」

「もー!…えいっ!」

「いって!!!髪引っ張んな!地味に痛いから。」

「…これからは毎日二人っきりの時間ができると思うと嬉しいです。いつもはなかなか二人にはなれませんものね。」

「まあなー。新八も神楽もお前のこと大好きだからなー。」

「4人でいるのも勿論好きなんですよ。でもたまには2人になっても罰は当たりませんよね。」

 

妙はきっとアルコールがだいぶ回っているのだろう。

普段は恥ずかしがって言わないことまでつらつらと言葉にして発している。

 

「銀さんも?銀さんも嬉しいですか?」

「…あぁ俺?嬉しいですよー。」

「なにそれ。気のない返事!」

「…今度はさ…。俺がちゃんとしたデートってやつ、連れてってやるから。だからこんな仕事終わりの帰り道なんかで満足すんな。」

「え…。」

「だからどこ行きたいか考えといて。」

 

俺の首にまわされた妙の腕に力が入った。

ぎゅう。

 

「ちょ…妙?くる、し…」

「嬉しい。嬉しいです。銀さん…すき…」

「あぁ…俺も…」

 

そう言った後に聞こえてきたのは妙の寝息。

志村家ももう、すぐそこだ。

 

「また改めて、だな。」

 

しっかりものだからつい忘れがちになるがこいつはまだまだ18歳。

本来は飲酒すら禁止されている年齢なのだ。

お酒はハタチから。

それなのに夜の蝶を立派にこなしてるよ、この子は。

いつか俺が支えてやるからな…って格好付けても無駄か。

 

 

 

とりあえず柄の悪い客とお妙さんに飲み比べをしてほしかっただけなのです。

しかし途中で銀妙にならないことに気づく←

無理矢理後付けした銀妙^^;

 

職場では凛とした女性、好きな人の前では年相応の少女なお妙さんが好きです^^