『ネネちゃんが階段から落ちて怪我をした』
ボーちゃんが昼休みにくれたメールは衝撃的なものだった。
ただの怪我ならわざわざメールなんてしてこないだろう。
それに心配性なマサオ君ならともかく、相手はあのボーちゃんだ。
何でも、一緒に階段を歩いていたらネネちゃんがいきなり倒れて階段から転げ落ちたそうだ。
意識がない状態で落ちたもんだから、受け身が取れなくてひどい怪我らしい。
今一緒に保健室にいるって言っていたけど…。
怪我ってどれくらいの怪我?
階段から落ちたって…保健室で大丈夫なの?
救急車で運ばれるくらいの重症ではない?
たくさん聞きたいことはあった。
だから走った。
保健室に。
「ネネちゃん!!」
勢いよく開けたドアに驚いたのは保健室の先生とボーちゃん。
ネネちゃんの姿は見えなかった。
「ボーちゃん…ネネちゃんは?」
「ごめん、しんちゃん…。僕…、」
俯きながら謝るボーちゃん。
嫌だ嫌だ。
何に謝ってるの?
ネネちゃんを守れなかったこと?
そんなに大変なことになってるの?
またネネちゃんの笑う姿、見られるよね?
悪いことばかりが一瞬にして頭の中を駆け巡り、心臓の鼓動は増すばかりだった。
そんな時保健室の先生が口を開いた。
「野原、桜田は奥のベッドだ。
今は意識がない状態だから、話せないとは思うけどな。
これから車に乗せて病院に行くから、顔を見るなら今のうちだぞ。」
「っ!!先生…!」
真剣な表情で言葉を発する先生と、そんな先生を止めようと焦りを見せるボーちゃん。
「お前は黙ってな。」
有無を言わせない先生の態度は、女の人とは思えないオーラを放っていて、ボーちゃんは黙ってしまった。
先生の深刻な面持ちとボーちゃんの焦燥。
そんなに悪い状態なんだ。
もう、心臓が痛くて痛くて。
ネネちゃんのベッドにたどり着くまでに俺が倒れそうだった。
一番奥のベッドのカーテンを開けるとそこには横たわるネネちゃんの姿があった。
意識がないなんて思えないくらい、安らかな寝顔だった。
頬には軽い切り傷がある。
頭部には包帯が巻かれてあった。
左側頭部にネネちゃんの掌程度のガーゼが包帯の下に見える。
ネネちゃんの体を覆っている掛け布団を剥ぐ。
現れたのは包帯が巻かれた細い脚と腕。
左側から落ちたのだろうと簡単に推測できるくらい、左半身に傷が多かった。
痛々しくて見ていられなかった。
こんな傷だらけのネネちゃんを見たのは初めてだった。
そんなネネちゃんの体に触れようとした、その時だった。
ネネちゃんの体が動いた。
と思ったら、布団を剥いだ為に寒くなったとでもいうように体を縮ませ、目を覚ました。
「ん、寒…しんちゃん?」
え?
なにこれ。
どうなってるの?
***
「がーはっはっは!!」
先生の大きな笑い声が聞こえた。
「嘘だよ嘘!
意識がないなら、すぐにでも救急車を呼ぶわ!
ただの寝不足だなこれは。
軽い打撲に多数の切り傷。
まあ頭を打ってるから、念のために病院に行くのは嘘じゃない…」
そこまで言って、先生は詰まってしまった。
しんちゃんの目からは涙が零れ落ちていたから。
あのしんちゃんがネネちゃんを見つめて静かに涙を流しているのだ。
校内で知らない人はいないのではないかというくらい、良くも悪くも名を馳せているあのしんちゃんが。
それは見ている僕らも切なくなるくらいのものだった。
「…しんちゃん。」
そんな光景に動揺を見せなかったのはまだ起き上がれないネネちゃんだけだった。
ネネちゃんは起き上がれない代わりに、傷だらけの左腕をしんちゃんに差し出した。
しんちゃんはその左腕をしっかりと、且つ優しく包み込み、床に膝をついてネネちゃんの視線に合わせた。
「…ネネちゃん。」
「うん。」
「良かった…。いっぱい心配したぞ。」
「ありがとう。ごめんね。」
「ボーちゃんからメールもらって、心臓が壊れるかと思った。」
「うん。」
『ネネちゃんが階段から落ちて怪我をした
一緒にいたらネネちゃんがいきなり倒れて
転げ落ちた
めをあけなくてひどいけが』
さっきのメールを見返すとひどい。
句読点なんて一切ないし、最後の一文は変換すらされていない。
自分の動揺の度合いが良く分かる。
こんなんでしんちゃんはよく理解してくれたと思う。
それに、余計に心配させてしまったとも思う。
反省の気持ちでいっぱいだ。
「ごめんしんちゃん。
僕動揺しちゃって…。」
そう言うと、保健室の先生はフォローしてくれた。
「そりゃまあ、目の前で何の前触れもなく女の子が階段から落ちたんだ。
極度の睡眠不足で瞬間的に意識がなくなったわけだし。
それに加えて全身傷だらけで、出血もある。
そんなん目の前にしたら誰だって驚くわな。」
まあ、階段って言っても下から3段目だけどな、なんて先生は笑って付け足した。