「しんちゃんに他の男の事見たら、って言われちゃった。」
苦笑いで話すネネちゃんは、昨日よりも一昨日よりも少し大人びて見えた。
「ネネの気持ちを知ってる上でそんなこと言うんだもん。
しんちゃんにとってネネの気持ちは迷惑だったんだって改めて思い知らされちゃった。」
「人に好かれて迷惑な人なんて、僕は見たことないよ。少なくともしんちゃんはそんな人じゃないから。」
「ありがとう、マサオ君。
しんちゃんね好きな人がいるんだって。気持ちを抑えるのに必死にならなきゃいけないくらい好きな人。
その想いの深さ、大きさを知ったらネネ、一歩前に進めたの。」
「そうなんだ、良かったね。」
「うん。ネネね、しんちゃんと距離を置く決心がついたよ。」
予想外の言葉が飛び出した。
距離を置く?
しんちゃんが今まで何をしてきても、その背中を追っていたネネちゃんが、距離を置く?
「な、なんで?」
「だって、どう考えてもお手上げなんだもん。
目の前に高い壁があるみたいなの。蟻が象を見上げるような気分。
気持に勝ち負けなんてないってわかってはいるけど、しんちゃんの想いは雄大なの。
人をあそこまで好きになれたしんちゃんを尊敬すらしちゃう。だからね、ネネはそれを応援することにした。
でもネネだって、諦める!って言って諦められるような気持ちじゃないから。
だからまずは環境を変えて、徐々に、自然に、しんちゃんの友達に戻りたいと思う。
しんちゃんの気持ちを知ってからずっと考えて考えて、ようやく出した答えなの。」
まずいと思った。
ネネちゃんとしんちゃんのベクトルが変わってしまった。
しんちゃんはネネちゃんを想い続ける為に成長した。
それに引き替えネネちゃんは、しんちゃんの恋を応援するために成長しようとしている。
「早く昔の5人に戻りたいっていうしんちゃんの気持ち、ネネも分かるもん。
だからね、今まで近すぎた距離を変えれば、友達に戻れると思うんだ。
それにね、しんちゃんの言うとおり他の男の人の事もちゃんと見ようと思うんだ。
その場凌ぎの相手としてではなく、一人の人として。」
「昔の5人に戻りたいって、しんちゃんが言ったの?」
「ううん。でもそういうことでしょ?」
そんなことしんちゃんが言うはずないんだ。
だってしんちゃんは昔からネネちゃんの事…。
「ねえマサオ君。
ネネ成長したでしょ?偉い?」
そう言って小首を傾げ、頭を僕の方に出す。
「うん、ネネちゃんは偉いよ。
しんちゃんのことを思って、身を引くだなんて。」
「おりこう?」
「うん、お利口さん。」
「ふふ。」
頭を撫でて、称賛する。
自信家なネネちゃんだけど、やっぱり孤軍奮闘は難しい。
背中を押してあげる味方が必要なのだ。
この魔法のやりとりはネネちゃんが心細い時に必要とされる。
頭を撫でて、大丈夫だよ、と。不安に思うことはないんだよ、と。
気丈な彼女が、子どもに戻る貴重な瞬間だった。
この時のくすぐったそうに、無邪気に笑うネネちゃんの笑顔が大好きで。
いつまでも僕はネネちゃんの味方でいようと思うのだった…のだけれど。
今はとても複雑だ。
しんちゃんとネネちゃんの気持ちに生じたズレをどうしよう。
このズレは、早く軌道修正しなくてはならないのではないか。
こんなこと風間君に話したら、『だからごちゃごちゃ考えずに、告白してしまえば面倒なことにならずに済んだのに!』なんて怒りだすに決まってる。
恐れていた事態に、僕はどうしたらいいのか分からずにいた。
とりあえず、相談できる同志のもとに向かった。
side M