心が痛んだ。
繋ごうとした手を振り払っても、しんちゃんにとっては何てことはないと思ってた。
なのに、一度振り払った手をもう一度繋いできた。今度は強く。
それも両手を使って離した。
ふと見たしんちゃんの顔は今まで見たことのないような顔で。
驚きの中に、どこか哀しさが漂っていて。
私が悪いことをしているみたいで、心が痛んだ。
しょうがないじゃない。今まで通りじゃ何も変われないんだもの。
「どうしたの?ネネちゃん。何か怒ってるなら、俺謝るぞ?」
「怒ってない。でももう手は繋がないことにしたの。」
「どう、して?」
「だって友達だもん。普通友達なら手を繋がないでしょう?それともしんちゃんは誰とでも手を繋ぐの?」
「え、いや、そういう訳じゃないけど…。」
戸惑いの表情を浮かべるしんちゃんを見たら、手を繋いであげたくなってしまった。
私の左手だって寂しいって言ってる。
でもこんなところで自分が決めたことを曲げるなんてできなかった。
今日は5人で焼肉を食べに行った。
テーブルを挟んで長椅子が2つ。
マサオ君が手前の長椅子に座って、しんちゃんが奥の長椅子に座った。
するとしんちゃんがネネを呼んだ。
「隣おいでよ、ネネちゃん。」
いつもより元気が無さそうな声。
ネネの態度の変化の様子を窺っているような、自信があまりないような声。
「ううん、いい。今日はネネ、マサオ君の隣に座るー。」
しんちゃんの顔は見れなかった。見てしまったら、負けそうな気がしたから。
だってネネ決めたんだもの。
しんちゃんとの距離が、しんちゃんの為にも私の為にもなるって信じてるから。
手は繋がない。
触れたくなる距離にはいかない。
二人きりにはならない。
帰り道だって、二人きりにはならない。
距離を取り過ぎるくらいが、今の私たちには丁度良い。
そう信じて疑わなかった。なのに、その日の帰り道にはもう、その決心は崩れてしまった。…というか崩されてしまった。
「ネネちゃん、一緒に帰ろう。」
「ネネはマサオ君と帰…」
「話したいことあるから二人で帰りたい。」
「ネ…ネネは話したいことないもん。」
「俺はある。」
そんなまっすぐな瞳で見つめられたら、いくら頑張っても避け続けることなんてできないと思った。
久しぶり(と言っても2,3日ぶりだけど)に触れられた右手首が尋常じゃないくらいの熱を持っていた。
それは私の熱なのか、はたまた…。
逃げられなかった。だから助けを求めたのだった。
「マ、マサオ君!一緒に帰るわよ!!」
振り返ったらマサオ君は風間君に引き連れられて、いつの間にか駅の改札の向こう側に居た。
ボーちゃんも一緒だ。
「ネネちゃん!マサオ君は僕の家に用があるみたいだから先に帰るねー!」
風間君が大声でそう言って、無理矢理にマサオ君を連れて行った。
マサオ君は後ろ髪を引かれるような顔をしながら、風間君に引っ張られていった。
ボーちゃんは手を振って、二人についていった。
私はしんちゃんと二人取り残されてしまった。
「近くの公園にでも行こうか。」
そう言って、駅から徒歩5分の所にある私たちの学校の近くの公園のベンチに腰かけた。
しんちゃんが右端に腰かけたので、私はできる限り離れようと、左端の肘掛けに体を押し付けるようにして座った。
そしたらその間を詰められた。
途中の自動販売機で買ってくれたカフェラテを手渡された。
勿論タブは渡される直前に、しんちゃんが開けてくれた。…何も言ってないのに。
こういうところ、嫌い。だって自然にできるほどの経験をしてるんだって言われてるみたいなんだもの。
でも好き。そういう気配りができるほどの人なんだってことだもの。
何を話されるのか知らない。
きっと急に冷たい態度になったことについてだと思うけど。
でも今は許してほしかった。
せっかく私がしんちゃんの恋を応援しようとしてるのに。
とりあえず明日はマサオ君に鉄拳を制裁することは、決定事項として覚えておかないと。
気を紛らわせようと見上げた月は、オレンジ色の満月で。
こんな綺麗な月夜の晩には、何でも許されるかな、なんて思ってしまう。
はあ、だめだ。と、ため息をつき、カフェラテを飲む。
恋する女子の決心はこんなに脆いものではないはずでしょう?
side N